2013年8月4日日曜日

死と美について

日本橋のホームで死んでしまった人を見かけた。
小雨の降るじっとりとした朝だった
わたしはその日何ともなしに悲しかったので、
こんな朝にあのひとが死にたくなる気持ちがわかるような気がした
青いビニールシートに覆われていくそのひとは、
死んでいた

わたしは憂鬱な乗り換えのために混雑した階段をのぼりながら、
足の筋肉が重くなるのを感じて、自分の生きていることを自覚した
いまのところ死んでしまうことはないだろう
刃物で突き刺されても死ななさそうだ
かといって刺すのはやめてください

自分がまだ死ねないと思っているのは、
志半ば、とかそういうことよりも、
死ということが大層美しいものであるように、
近頃は思えてならないからだ
究極の美であるかのように思えるからだ
そしてわたしはまだそこまで美しくなりきれていないからだ

美しさということについて
たとえばその定義について
ほんとうの美しさというものについて
わたしは考えたことが今までになかったが
ある感覚で、美しさの究極というものを
死ということに位置づけてみたら、
なにもかもがしっくりくるような気がした

事実、わたしの母は、
病を患いながらもきちんと生きているが、
2年程まえから、そして近頃は顕著に
死という事を覚悟しているように見える

無論、母だってほんとうはまだ死にたくもないだろうし
死なないための努力もしていて、
血の湧くように生きる事を望みながらも、冷静な気持ちで死を受け止めている

そういう母の姿は
からだこそ老い、少しずつたしかに病人らしくなってはいくが、
今までわたしが彼女の娘として生きてきた人生の中で
最近が最も優しく、最も強く、美しくなっていくのだ
母は生きている

生きる望みを断たずに死を覚悟するしたたかさが母を美しくするのかもしれない
そうして美しさをどんどん増して、すこししたら究極の美に到達してしまいそうだ
わたしにはその美しさがまだ恐ろしい

母の美しさよ未完成であれ、と、わたしは願う
母は優しい曲線を描いて昼寝をしている
明日から母はまた入院をする
病院のご飯がまずくて嫌だと言っていた
母はまだ生きている








2013年8月2日金曜日

下着を裏返しに着けていることに気付いたのはだれもいない夜道信号待ちでそっと自分の腰骨のあたりを触ってみたときだった。静まり返ったこの街のひとたちはわたしのパンツが裏返しだなんて知りもせず眠りについているであろうと思うと孤独を優しく舐めるような気持ちになった。

2013年7月28日日曜日

姿のない声は、
いつも「れ」とか「や」とか「う」とか
そういうことを言っていて、
とくに、言われていやなことは、ないので、
いまのところは、なにも、気にしてなんかいません。

ただし、今後、ほんの少しでもわたしを悲しませたり、
嫌な気分になるような台詞を吐きやがったら、
それは、もう、ただちに、わたしは、
その透明に立ち向かうつもりで
きっと、壊すか壊されるかだなあ。





2013年7月25日木曜日

夏のブルマ


ああ2時間連続体育だるいからきょうはサボるか、
平常点たりなくなりそうだけどなんとかなるかな。

すると自転車置き場の影から聞こえるはずのない声が聞こえてきて砂嵐がザアザアザア。

そしてベランダに干しておいたはずのブルマが跡形もなく消えていた。もう2時間眠るかな、


2013年7月20日土曜日

今年はなんだか唐突に夏がきたような気がして落ち着かず、心の中の虚しい部分に日差しが照りつけるたびきしきしと痛んで、風邪がなかなか治らないどころかどんどん悪くなっていく。
喉を痛めて軋んだような声しか出ず、今朝などは熱でぼんやりとして、通勤電車に乗っているのに何故かもう既に会社の会議室にいるような錯覚がするので、どうしようもなく休みをいただいてしまった。

久々に平日昼間の自宅にいると、その、あまりに透き通った静けさにハッとする。たとえば窓の向こうで金魚の跳ねる音が聞こえる事は、数ヶ月前、会社に入る前の暮らしの中では当たり前のことで、納品前などに慌ててミシンで作業をする合間などに耳にしては「またけんかして、うるさい金魚だ」などと常々思っていたのだが、実はこのパシャというのは静けさの部類に含まれるのだなと、今になって気付く。会社にいるときに聞く、複数の人間が延々と黙って叩くパソコンのタイプ音や、昼前に鳴り止まなくなる電話のベルや、コピー機が嬉々として働く音など、生産性のある、社会が社会として在るために必要不可欠な音たちのことを、いっそ雑音と名付けてしまいたくなるほど、窓の向こうで金魚の跳ねるパシャという音は透明で、唐突な夏の日差しに照らされてゆらゆらと輝く。

わたしはしばらくの間その静けさにそわそわしていたが、熱さましの薬などを飲んで、静けさに埋もれているうちにとろとろと眠り、いろいろと夢を見終わるころには、起き上がって金魚の水槽を眺めにいこうと思えるくらいの健康な思考を取り戻していた。

ほんとうはずっと、金魚がああやってパシャと跳ねるのが、心底うらやましい。






2013年7月15日月曜日

2013年7月11日木曜日

早起きしてひいた口紅を手で拭い痴漢のおっさんのスラックスを汚してみる朝