昨日、少し前に書いた小説じみたものなどが出てきたので読み返してみたところ、自分が暗くてびっくりした。
あなたは自分が想像している以上に根暗だから覚悟なさい、と自分に警告するような気持ちになった。
高校の頃、わたしはあんまり頻繁に鼻血をだすもんだから部活仲間に「鼻血のはなちゃん」という呼称を与えられたんだけど、それが1週間後くらい経ったら「ネクラのはなちゃん」に変わっていたことがあった。「ネクラ」とだけよぶ男子もいた。
友人たちにそこまで悪意はないようだったので「なんだよそれ」くらいに思っていたが、今考えると友人たちはわたしのことを本当によくわかっていたなあと思う。
今日、友達に「莉恵ちゃんも人に指をさされるくらい派手に化粧をする時期を作った方がいい」と言われた。
恐らくそういうことだろうなと思う。
ギャルにでもなるか。
嫌だね〜
2013年5月2日木曜日
2013年5月1日水曜日
ものずき
昨日西荻窪の「物豆奇」という喫茶店になんとなく入って席に座ったら目の前に時計が3つもあった。
時計多いなと思ったけれどもとりあえずコーヒーを頼もうと思って振り返ったら後ろにも時計が4つ掛かっていた。
本当に時計多いなと思って店内を見渡すと、店じゅう時計だらけだった。チクチクチクチクそこいらじゅうで鳴ってたまにボーンと鐘もなった。ほとんどの時計はあるだけで時間はめちゃくちゃだったが、たぶん20個くらいあった。
飲食店では時間を気にせずゆっくりくつろいでほしいという配慮から、客によく見える位置には時計を置かない店が多いという話を聞いたことがある。
だから時計だらけのこの店は明らかに業界の標準を覆しているわけだが、あんまり時計がありすぎると時間よりも時計の姿形ばかり気になって、逆に時間を気にすることを忘れた。
時間を忘れて時計を眺めるというのは、今考えると阿保な心地でしかないけれど、これはこれで「飲食店で時間をわすれて過ごす」という点においてきちんと成立しているので、素敵なお店だったと言わざるを得ない。
お会計の時にお店のおじさんに
「時計、多いですね」
といったら、おじさんは
「はい。で、40円のお釣りです。ありがとうございました〜」
と言った。
びっくりしてものすごくいい返事をしながらお釣りを受け取ってしまった。
ちなみに時計だけでなく、ランプもやけにたくさんぶら下がっていた。あとケーキセットが安かった。また行きたい。
時計多いなと思ったけれどもとりあえずコーヒーを頼もうと思って振り返ったら後ろにも時計が4つ掛かっていた。
本当に時計多いなと思って店内を見渡すと、店じゅう時計だらけだった。チクチクチクチクそこいらじゅうで鳴ってたまにボーンと鐘もなった。ほとんどの時計はあるだけで時間はめちゃくちゃだったが、たぶん20個くらいあった。
飲食店では時間を気にせずゆっくりくつろいでほしいという配慮から、客によく見える位置には時計を置かない店が多いという話を聞いたことがある。
だから時計だらけのこの店は明らかに業界の標準を覆しているわけだが、あんまり時計がありすぎると時間よりも時計の姿形ばかり気になって、逆に時間を気にすることを忘れた。
時間を忘れて時計を眺めるというのは、今考えると阿保な心地でしかないけれど、これはこれで「飲食店で時間をわすれて過ごす」という点においてきちんと成立しているので、素敵なお店だったと言わざるを得ない。
お会計の時にお店のおじさんに
「時計、多いですね」
といったら、おじさんは
「はい。で、40円のお釣りです。ありがとうございました〜」
と言った。
びっくりしてものすごくいい返事をしながらお釣りを受け取ってしまった。
ちなみに時計だけでなく、ランプもやけにたくさんぶら下がっていた。あとケーキセットが安かった。また行きたい。
ポピイ
これはほんとの話なんだけど、皇居の近くのどっからへんで、緑色の桜が咲くらしい。
緑色の花びらだなんてね、そんなもん、葉っぱだ。
と、街の花壇のポピイたちが皆して話していました。ぺちゃくちゃと何度も頷き合いながら話していました。そしてそこにはイブサンローランの口紅の匂いが漂っていました。
ポピイの中にはモルヒネが採れる品種があるらしくて、
それを知ってからポピイをみているとあるはずもないイブサンローランの口紅の匂いがするような気がしています。わるい女の匂いです。でもわたしはポピイがなかなかすきです。見た目がかわいいからです。
緑色の桜なんてわたしは嫌です。こっそりとしやがって。
2013年4月29日月曜日
日記0424
4月24日
所用で渋谷に。
ついでにポスターハリスギャラリーに寄って、天井桟敷のポスターの展示を見た。
ポスターやチケット、チラシなどの展示ももちろん良かったけれど関連書籍のコーナーに思想社から出てる戯曲集が全巻揃って置いてあって、読んでみたいと思っていた「観客席」という舞台の戯曲を読ませて貰ったのが嬉しかった。
定価で買うのにはちょっとわたしには今は手が出なくて古本屋さんでもほしい巻と巡り会えなかったのでこれほどまでの機会はなかった。
でもよくよく考えたらもしかして大学の図書館とかにはあったのかもしれない。
大学の頃は寺山修司に興味はあったものの、いざ本を数冊読んだら不良くさいのと男くさいのですぐに敬遠してしまっていたから図書館に言っても探しやしなかったけど、無いわけがない気がする。
「観客席」はどこかの劇団に再演をしてもらって是非見たい。
客席が燃える、とか客席にカエルが放される、とか書いてあったけど。
展示を見たあと、ギャラリーのすぐ近くのバーのようなところで関連展示をしていると聞いたので寄った。
こちらには天井桟敷の海外公演のポスターが数枚飾られていた。
店はカウンター席のみで、お客さんはわたしとあとから入ってきたお兄さん2人組だけだった。コーヒーを頼んだらマスターのおじさんが豆をひくところから丁寧にやってくれた。とてもおいしいコーヒーだった。
マスターのおじさんは白い厚手のシャツに履きこなれたジーンズを履いていて、派手でも地味でもない感じのかっこいいおじさんだった。わたしにコーヒーを出し、お兄さんたちにビールを出すと、カウンターの端っこに座ってレコードをかけ、タバコを吸いながら鼻歌を歌った。気楽なもんだなあと思った。コーヒーは200円もまけてくれて300円だった。おじさんは幸せなのだろうなと思った。
店を出たら雨が降っていた。
しんどいなと思ったけれど、美味しいコーヒーをいただいたことだし傘を買って渋谷を歩いた。
帰り際やっと勇気を出してはじめて1人でまんだらけに入って安部慎一の漫画を買った。渋谷にきた最初の目的は、本当はコレだった。漫画なんて殆ど買ったことがないしそういう文化が恐ろしくさえあった。きちんと楽しめたのは高3の時に読んだ松本大洋くらいで、だけれど松本大洋の漫画をもっと読みたいと思って探し回る自分を卑しくて仕方ないようにも思っていた。
だからまんだらけという所は店構えからしてやばい印象を持っていたが、入ってみたら案外女の人がいっぱいいて安心した。しかし安心したのも束の間、その女の人たちはこぞってBLモノなんぞを血眼で漁っていたので、背筋と脇のあたりがゾッとした。
ともあれ、探してもなかなか見つからなかった漫画がパッとみつかり、他にも興味深い本がたくさんあったので、まんだらけはいいところだと思った。
珍しく漫画を買ったこともあり少し不良のような気持ちで渋谷を後にした。でもよくよく考えたら平日の昼間にこうしてぶらっとしているなんて不良の他になんでもないのだから、これからは漫画だってなんだって読もう。少女漫画とかも本当は読みたい。
所用で渋谷に。
ついでにポスターハリスギャラリーに寄って、天井桟敷のポスターの展示を見た。
ポスターやチケット、チラシなどの展示ももちろん良かったけれど関連書籍のコーナーに思想社から出てる戯曲集が全巻揃って置いてあって、読んでみたいと思っていた「観客席」という舞台の戯曲を読ませて貰ったのが嬉しかった。
定価で買うのにはちょっとわたしには今は手が出なくて古本屋さんでもほしい巻と巡り会えなかったのでこれほどまでの機会はなかった。
でもよくよく考えたらもしかして大学の図書館とかにはあったのかもしれない。
大学の頃は寺山修司に興味はあったものの、いざ本を数冊読んだら不良くさいのと男くさいのですぐに敬遠してしまっていたから図書館に言っても探しやしなかったけど、無いわけがない気がする。
「観客席」はどこかの劇団に再演をしてもらって是非見たい。
客席が燃える、とか客席にカエルが放される、とか書いてあったけど。
展示を見たあと、ギャラリーのすぐ近くのバーのようなところで関連展示をしていると聞いたので寄った。
こちらには天井桟敷の海外公演のポスターが数枚飾られていた。
店はカウンター席のみで、お客さんはわたしとあとから入ってきたお兄さん2人組だけだった。コーヒーを頼んだらマスターのおじさんが豆をひくところから丁寧にやってくれた。とてもおいしいコーヒーだった。
マスターのおじさんは白い厚手のシャツに履きこなれたジーンズを履いていて、派手でも地味でもない感じのかっこいいおじさんだった。わたしにコーヒーを出し、お兄さんたちにビールを出すと、カウンターの端っこに座ってレコードをかけ、タバコを吸いながら鼻歌を歌った。気楽なもんだなあと思った。コーヒーは200円もまけてくれて300円だった。おじさんは幸せなのだろうなと思った。
店を出たら雨が降っていた。
しんどいなと思ったけれど、美味しいコーヒーをいただいたことだし傘を買って渋谷を歩いた。
帰り際やっと勇気を出してはじめて1人でまんだらけに入って安部慎一の漫画を買った。渋谷にきた最初の目的は、本当はコレだった。漫画なんて殆ど買ったことがないしそういう文化が恐ろしくさえあった。きちんと楽しめたのは高3の時に読んだ松本大洋くらいで、だけれど松本大洋の漫画をもっと読みたいと思って探し回る自分を卑しくて仕方ないようにも思っていた。
だからまんだらけという所は店構えからしてやばい印象を持っていたが、入ってみたら案外女の人がいっぱいいて安心した。しかし安心したのも束の間、その女の人たちはこぞってBLモノなんぞを血眼で漁っていたので、背筋と脇のあたりがゾッとした。
ともあれ、探してもなかなか見つからなかった漫画がパッとみつかり、他にも興味深い本がたくさんあったので、まんだらけはいいところだと思った。
珍しく漫画を買ったこともあり少し不良のような気持ちで渋谷を後にした。でもよくよく考えたら平日の昼間にこうしてぶらっとしているなんて不良の他になんでもないのだから、これからは漫画だってなんだって読もう。少女漫画とかも本当は読みたい。
2013年4月24日水曜日
明日の煙
人が煙草を吸うところがすきだ。
それから、喫煙者に煙草を吸うことについて聞くのもすきだ。
それはどんな味なのか、とか
日に何本吸うのか、とか
はじめて吸ったのはいつか、とか
どうして吸いはじめたのか、とか。
いままで聞いた統計だと、たとえば「どうして吸いはじめたのか」という質問には、「かっこつけたくて」という回答が多い。特に男の人。女の人だと、「昔の恋人の影響で」「ストレスで」という回答が多い。
いずれにせよ人が煙草を吸う理由は、それほど多様ではない。
わたしは煙草を吸わない女だ。
煙草は、いちいち持ち歩くのや買い足すのが面倒臭そう。だから喫煙者になりたいと思ったことはない。
それに、やめたくてもやめられなくなってしまうのが嫌だ。煙草をやめられない状況というのは、いつまでも昔の恋を引きずって、同じ失敗を繰り返すことしかできない状況に似ている。だから、いやだ。そんなふうになりたくない。
そもそもわたしには、煙草など笑っちゃうほど似合わないであろう、あんな格好のつくものは。
だけど、いつかわたしにも煙草を吸う日が訪れるような気がしている。
たとえば5年後、家族と離れて、恋人もないままひとりだったら、わたしは煙草を吸っているだろう。
多くは吸わないであろうが、一日に一本くらい、夜中に部屋で、ひとりで、ろくに服も着ないまま、吸うのだろう。
吸い始める理由は、わたしの場合はなんだろう。大した理由はないんだろうけど。そもそも吸うかもわからない。これはあくまで予想の話であって。
なんとなくね、煙草の煙がくゆって、ぼんやりと広がっていくみたいにして、そんなふうに予想できたという、ただそれだけの話。
おやすみなさい。
2013年4月21日日曜日
理想郷
とある文献で、「ユートピアと桃源郷は同じ理想郷でも全く性質の異なるものだ」という記述を見かけた。
なんでもユートピアは社会主義的なルールをもって築きあげた理想的な国家のことで、つまりは、人々がすごく頑張って作れば、夢や幻なんかじゃないところのことだそうだ。
対する桃源郷は、どんなに頑張っても到底たどり着くことのない、つまりはうつくしいおとぎ話のような、夢か幻の存在なんだという。
そうなってくると、桃源郷が気になる。どんなところなんだろうなあと思って、調べてみると、桃源郷について書かれた『桃花源記』というお話が、青空文庫に転がっていた。
開いてみると、だいたい想像はしていたが、漢文。横に書き下し文もついてたけど、旧字仮名遣いで、なんとも読みにくい。受験生かよと思いながらも、読めば理想郷に行けるような気がして、昔の教科書を引っぱり出し、無理矢理読む。
ざっくりとした読みだが、だいたいのストーリーはこうだ。
むかしむかし、漁師の人が船にのっていたら、途中でなんだかわけのわからないところに来てしまった。漁師が途方に暮れていると、船は見知らぬ岸にたどり着く。とりあえず岸だと思って、漁師はそこに船をとめて上がってみると、そこには人が通れるくらいの丸い穴がぽっかり空いた門が構えてある。丸い穴をくぐると、中では仙人が行き交い、田畑は潤い、桃の花が、とってもきれいに咲いている…!
漁師はそこで仙人の家に招かれ、ねんごろな世話を受ける。ほんとうに、なんの文句のつけようも無い、すばらしい場所で、みんないい人だし、彼らの暮らしも、うまく行っているようにしか見えない。
漁師は桃源郷でしばらく過ごしたが、やがて帰ることに決めた。船のもとに戻る漁師を、仙人たちは見送り、あまり外でここでのことを言わないでほしい、と言ってお別れをした。しかし、元の暮らしに戻った漁師は耐えきれずに、国のお偉いさんなんかに桃源郷のことを話してしまう。そうして桃源郷を目指すものが現れ、かなり大規模な調査が行われようとしたが、まあ見つからない。どうやっても全然見つかりませんでした。あれは幻だったのかもしれないな、というお話。
わたしは、ざっくりとではあるが一読して、あれ?と思った。
あれ、というのは、その、『桃花源記』に記された「立派な門に丸い穴が空いていて、そこをくぐると、桃の花が咲いていて」という部分、その場所に、完全に見覚えがあるということだ。あとから偉い人たちがどれだけ探しても見つからなかった夢幻の桃源郷に、わたし行ったことがある。
ちょっと頭おかしいのかな、わたし、と考える。それか、夢でも見た記憶だろうか。
でも行った事がある。絶対ある。小さい頃。ただ、あたりは海や川ではなかった気がするんだけど。芝生だった。たしか。
そう、芝生だった。芝生だったことを思い出したとたん、桃源郷の記憶が、するするとめぐった。芝生の広場のある、隣町の公園。その、芝生の向こう側の、奇妙なお城。見たんだ。確かに。しかもそこで結構遊んだ。
そんなわけで、自らの頭の正常さを確かめるために、先日、その公園を訪ねてみた。
10年以上ぶりで場所を思い出せず、自転車でぐるぐると隣町を徘徊した末、ようやくたどり着いたその公園はとても平穏で、風が新緑をくぐり抜け、若い芝生がすらりと生えている。小さい頃はかなり広く感じていたのだけれど、それほどだだっ広くなく、入り口で自転車を降りてすぐにまあるい公園の全景をざっと見渡すことが出来た。
そして、肝心の桃源郷。
それは確かに芝生の向こう側に見えた。案外身近な理想郷。ああ、頭おかしくなかった、と安心する。
たしかに丸い門。傍らに『桃花源』の文字。そしてちょうど、きれいに桃が咲いていた。
桃の花というのは、想像していたよりも凛々しく、力強くってきれいだった。4月下旬くらいまで咲くものらしく、梅桜桃の類のシーズンはもう終わったと思い込んでいた私には、それだけで夢夢しく、おとぎの国にきたなあ、という気分になった。
ただ、さすがに仙人はいなかった。代わりにちびっ子ギャングが数人大暴れしていた。残念ながら桃源郷は、若い彼らに侵略されている。
塀の奇怪な落書きと、塀の上に登ってジャンケンをする彼らの姿を見て、私もかつてここで散々ごっこ遊びやら追いかけっこをしたことを思い出した。彼らと同じように侵略者だった少女の頃のわたしは、桃の木をよじ上って塀に登ることができただけで、すごくかっこいい存在になれた気がしていた。あの頃はもう戻らず、もうあんな大暴れするポテンシャルはないし、あのとき一緒にあそんでいた子たちとも会わなくなってしまった。こうして同じ場所を訪れるのでも、今は自分の頭がおかしくないかどうか、記憶をたぐりにきただけ。終わったなあと思う。
戻れないあの日を想いしみじみしていると、塀の上にいたちびっこギャングのうちの1人が、仲間のじゃんけんの不正を訴え大声で叫びはじめた。彼らにとっても、いずれこの芝生の果てが戻りたくても戻れない桃源郷になるのだろうなあと思う。仲良くしろよと呟いて、わたしは桃源郷を去った。
夏あたり、あの芝生の公園で、桃源郷をながめながら、ピクニックがしたい。大人なので、夜のピクニックでもいいな。
2013年4月20日土曜日
非実在
新しく買った白いワンピースをきて散歩に行った。
近所の単調な住宅街にぽっかり現る公園に、八重桜がたくさん咲いていた。
風がびゅうびゅう吹いていて、花びらが公園じゅうを舞う中、こどもがキャッキャと遊んでいる。風の音を聞くことすら久しぶりで、幻でも見ているような気分になった。
わたしはその場に立ち止まって幻を眺め、大変に良い気分になっていたが、小学生くらいの女の子たちの、通り過ぎざまにこちらをチラチラ見ながらの会話、「いまの白い服の女の人、一瞬幽霊かと思った」「でもiPhone持ってたし生きてる」「びっくりした〜」とのこと。自分の方が幻みたいになっていた。
いつもすこし、生気が足りないんだよな。
まいった。
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