2013年4月21日日曜日

理想郷


とある文献で、「ユートピアと桃源郷は同じ理想郷でも全く性質の異なるものだ」という記述を見かけた。
なんでもユートピアは社会主義的なルールをもって築きあげた理想的な国家のことで、つまりは、人々がすごく頑張って作れば、夢や幻なんかじゃないところのことだそうだ。
対する桃源郷は、どんなに頑張っても到底たどり着くことのない、つまりはうつくしいおとぎ話のような、夢か幻の存在なんだという。

そうなってくると、桃源郷が気になる。どんなところなんだろうなあと思って、調べてみると、桃源郷について書かれた『桃花源記』というお話が、青空文庫に転がっていた。

開いてみると、だいたい想像はしていたが、漢文。横に書き下し文もついてたけど、旧字仮名遣いで、なんとも読みにくい。受験生かよと思いながらも、読めば理想郷に行けるような気がして、昔の教科書を引っぱり出し、無理矢理読む。

ざっくりとした読みだが、だいたいのストーリーはこうだ。

むかしむかし、漁師の人が船にのっていたら、途中でなんだかわけのわからないところに来てしまった。漁師が途方に暮れていると、船は見知らぬ岸にたどり着く。とりあえず岸だと思って、漁師はそこに船をとめて上がってみると、そこには人が通れるくらいの丸い穴がぽっかり空いた門が構えてある。丸い穴をくぐると、中では仙人が行き交い、田畑は潤い、桃の花が、とってもきれいに咲いている…!
漁師はそこで仙人の家に招かれ、ねんごろな世話を受ける。ほんとうに、なんの文句のつけようも無い、すばらしい場所で、みんないい人だし、彼らの暮らしも、うまく行っているようにしか見えない。

漁師は桃源郷でしばらく過ごしたが、やがて帰ることに決めた。船のもとに戻る漁師を、仙人たちは見送り、あまり外でここでのことを言わないでほしい、と言ってお別れをした。しかし、元の暮らしに戻った漁師は耐えきれずに、国のお偉いさんなんかに桃源郷のことを話してしまう。そうして桃源郷を目指すものが現れ、かなり大規模な調査が行われようとしたが、まあ見つからない。どうやっても全然見つかりませんでした。あれは幻だったのかもしれないな、というお話。


わたしは、ざっくりとではあるが一読して、あれ?と思った。
あれ、というのは、その、『桃花源記』に記された「立派な門に丸い穴が空いていて、そこをくぐると、桃の花が咲いていて」という部分、その場所に、完全に見覚えがあるということだ。あとから偉い人たちがどれだけ探しても見つからなかった夢幻の桃源郷に、わたし行ったことがある。

ちょっと頭おかしいのかな、わたし、と考える。それか、夢でも見た記憶だろうか。
でも行った事がある。絶対ある。小さい頃。ただ、あたりは海や川ではなかった気がするんだけど。芝生だった。たしか。

そう、芝生だった。芝生だったことを思い出したとたん、桃源郷の記憶が、するするとめぐった。芝生の広場のある、隣町の公園。その、芝生の向こう側の、奇妙なお城。見たんだ。確かに。しかもそこで結構遊んだ。


そんなわけで、自らの頭の正常さを確かめるために、先日、その公園を訪ねてみた。
10年以上ぶりで場所を思い出せず、自転車でぐるぐると隣町を徘徊した末、ようやくたどり着いたその公園はとても平穏で、風が新緑をくぐり抜け、若い芝生がすらりと生えている。小さい頃はかなり広く感じていたのだけれど、それほどだだっ広くなく、入り口で自転車を降りてすぐにまあるい公園の全景をざっと見渡すことが出来た。

そして、肝心の桃源郷。
それは確かに芝生の向こう側に見えた。案外身近な理想郷。ああ、頭おかしくなかった、と安心する。
たしかに丸い門。傍らに『桃花源』の文字。そしてちょうど、きれいに桃が咲いていた。
桃の花というのは、想像していたよりも凛々しく、力強くってきれいだった。4月下旬くらいまで咲くものらしく、梅桜桃の類のシーズンはもう終わったと思い込んでいた私には、それだけで夢夢しく、おとぎの国にきたなあ、という気分になった。


ただ、さすがに仙人はいなかった。代わりにちびっ子ギャングが数人大暴れしていた。残念ながら桃源郷は、若い彼らに侵略されている。

塀の奇怪な落書きと、塀の上に登ってジャンケンをする彼らの姿を見て、私もかつてここで散々ごっこ遊びやら追いかけっこをしたことを思い出した。彼らと同じように侵略者だった少女の頃のわたしは、桃の木をよじ上って塀に登ることができただけで、すごくかっこいい存在になれた気がしていた。あの頃はもう戻らず、もうあんな大暴れするポテンシャルはないし、あのとき一緒にあそんでいた子たちとも会わなくなってしまった。こうして同じ場所を訪れるのでも、今は自分の頭がおかしくないかどうか、記憶をたぐりにきただけ。終わったなあと思う。

戻れないあの日を想いしみじみしていると、塀の上にいたちびっこギャングのうちの1人が、仲間のじゃんけんの不正を訴え大声で叫びはじめた。彼らにとっても、いずれこの芝生の果てが戻りたくても戻れない桃源郷になるのだろうなあと思う。仲良くしろよと呟いて、わたしは桃源郷を去った。

夏あたり、あの芝生の公園で、桃源郷をながめながら、ピクニックがしたい。大人なので、夜のピクニックでもいいな。

























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