2013年12月1日日曜日

終電後の駅の灯り

この本は良いよ、と言われて借りたふるい随筆の本を読んでいたら、随筆という行為の、そのクリーンさに泣きたくなって、わたしは、ここのところずっと、やけくそだなあと思った。
最近では、なにか悲しいことがあっても、その悲しささえ、緻密に捉えることができなくなっており、むしゃくしゃしながら「あーもう」とか、「もうやだ」とか、そういうつまらないひとりごとでその場をしのいだり、悲しいということだけを思って、思考をめぐらせることも、動くこともせず、ただ、立ちすくんだりしゃがんだりしてしまうことが増えた。

悲しみを因数分解して、ならびかえたり飾ったりして文字に起こしてみたりして悲しみさえ美化してみることが、以前のわたしには救いだったのだけれど、そのことを結構情けないことだと思っていて、
しかし、それすら出来なくなっているいまの状態のほうが、本当に情けないぜとおもう。

どうせ悲しく、どちらにせよどうしようもないのなら、逃避じみた悲しい詩人を気取る方が、若干、生産性とかもあるんじゃないかと思うし、いまから帰れるのなら、帰りたい。



2013年10月15日火曜日

あんまりブログしていないけどアクセス数みたいなの見ると見てくれてるひといるし、半年くらいまえにじぶんで書いたもんよんだら理由はめちゃくちゃだけど声をあげてなきたくなりました。

あんまりブログしていないけど最近はうそばっかの話を書いてまとめたくて紙にかいてるけど毎日やぶって捨てています。
うそを書いてるつもりなのに本当に思ってる事に通じてしまうからすてています。

めちゃくちゃな日本語をつかいたいな。


2013年9月27日金曜日

アイスコーヒーに浮かべたり沈めたりした氷が良い音たてるうちは夏でしかしこの頃はガラガラと鈍い音のする

はたして夏とは何であったのか

2013年8月29日木曜日

白光

さまざまないろから白いひかりがうまれ
白いひかりはなによりもあかるく
白いひかりのなかに山並みはもえる

そういうことがあるから
大学生のときに、もっと照明のことを学んでおけばよかった






2013年8月25日日曜日

ジャガイモの皮を剥きながら考えるのはいつも悲しいこと
水のくさったような匂いは人間のにおいだとおもう
完成されようとしている
それを食い止める
床に落ちた髪
短い夏

2013年8月17日土曜日

真っ暗な回送列車がそろそろとホームを通り過ぎて行く
来そうで来なかった世界の終わりをみているような気持ちになる

2013年8月12日月曜日

映画「勝手にしやがれ」のことを思い出していて、ああパトリシアくらい金髪に染めたいないいなあと考えたのだけどそういえばあれ白黒映画だった

ゴダールの映画の大半は下世話な印象で見終わった後などにはクククとおもう


2013年8月4日日曜日

死と美について

日本橋のホームで死んでしまった人を見かけた。
小雨の降るじっとりとした朝だった
わたしはその日何ともなしに悲しかったので、
こんな朝にあのひとが死にたくなる気持ちがわかるような気がした
青いビニールシートに覆われていくそのひとは、
死んでいた

わたしは憂鬱な乗り換えのために混雑した階段をのぼりながら、
足の筋肉が重くなるのを感じて、自分の生きていることを自覚した
いまのところ死んでしまうことはないだろう
刃物で突き刺されても死ななさそうだ
かといって刺すのはやめてください

自分がまだ死ねないと思っているのは、
志半ば、とかそういうことよりも、
死ということが大層美しいものであるように、
近頃は思えてならないからだ
究極の美であるかのように思えるからだ
そしてわたしはまだそこまで美しくなりきれていないからだ

美しさということについて
たとえばその定義について
ほんとうの美しさというものについて
わたしは考えたことが今までになかったが
ある感覚で、美しさの究極というものを
死ということに位置づけてみたら、
なにもかもがしっくりくるような気がした

事実、わたしの母は、
病を患いながらもきちんと生きているが、
2年程まえから、そして近頃は顕著に
死という事を覚悟しているように見える

無論、母だってほんとうはまだ死にたくもないだろうし
死なないための努力もしていて、
血の湧くように生きる事を望みながらも、冷静な気持ちで死を受け止めている

そういう母の姿は
からだこそ老い、少しずつたしかに病人らしくなってはいくが、
今までわたしが彼女の娘として生きてきた人生の中で
最近が最も優しく、最も強く、美しくなっていくのだ
母は生きている

生きる望みを断たずに死を覚悟するしたたかさが母を美しくするのかもしれない
そうして美しさをどんどん増して、すこししたら究極の美に到達してしまいそうだ
わたしにはその美しさがまだ恐ろしい

母の美しさよ未完成であれ、と、わたしは願う
母は優しい曲線を描いて昼寝をしている
明日から母はまた入院をする
病院のご飯がまずくて嫌だと言っていた
母はまだ生きている








2013年8月2日金曜日

下着を裏返しに着けていることに気付いたのはだれもいない夜道信号待ちでそっと自分の腰骨のあたりを触ってみたときだった。静まり返ったこの街のひとたちはわたしのパンツが裏返しだなんて知りもせず眠りについているであろうと思うと孤独を優しく舐めるような気持ちになった。

2013年7月28日日曜日

姿のない声は、
いつも「れ」とか「や」とか「う」とか
そういうことを言っていて、
とくに、言われていやなことは、ないので、
いまのところは、なにも、気にしてなんかいません。

ただし、今後、ほんの少しでもわたしを悲しませたり、
嫌な気分になるような台詞を吐きやがったら、
それは、もう、ただちに、わたしは、
その透明に立ち向かうつもりで
きっと、壊すか壊されるかだなあ。





2013年7月25日木曜日

夏のブルマ


ああ2時間連続体育だるいからきょうはサボるか、
平常点たりなくなりそうだけどなんとかなるかな。

すると自転車置き場の影から聞こえるはずのない声が聞こえてきて砂嵐がザアザアザア。

そしてベランダに干しておいたはずのブルマが跡形もなく消えていた。もう2時間眠るかな、


2013年7月20日土曜日

今年はなんだか唐突に夏がきたような気がして落ち着かず、心の中の虚しい部分に日差しが照りつけるたびきしきしと痛んで、風邪がなかなか治らないどころかどんどん悪くなっていく。
喉を痛めて軋んだような声しか出ず、今朝などは熱でぼんやりとして、通勤電車に乗っているのに何故かもう既に会社の会議室にいるような錯覚がするので、どうしようもなく休みをいただいてしまった。

久々に平日昼間の自宅にいると、その、あまりに透き通った静けさにハッとする。たとえば窓の向こうで金魚の跳ねる音が聞こえる事は、数ヶ月前、会社に入る前の暮らしの中では当たり前のことで、納品前などに慌ててミシンで作業をする合間などに耳にしては「またけんかして、うるさい金魚だ」などと常々思っていたのだが、実はこのパシャというのは静けさの部類に含まれるのだなと、今になって気付く。会社にいるときに聞く、複数の人間が延々と黙って叩くパソコンのタイプ音や、昼前に鳴り止まなくなる電話のベルや、コピー機が嬉々として働く音など、生産性のある、社会が社会として在るために必要不可欠な音たちのことを、いっそ雑音と名付けてしまいたくなるほど、窓の向こうで金魚の跳ねるパシャという音は透明で、唐突な夏の日差しに照らされてゆらゆらと輝く。

わたしはしばらくの間その静けさにそわそわしていたが、熱さましの薬などを飲んで、静けさに埋もれているうちにとろとろと眠り、いろいろと夢を見終わるころには、起き上がって金魚の水槽を眺めにいこうと思えるくらいの健康な思考を取り戻していた。

ほんとうはずっと、金魚がああやってパシャと跳ねるのが、心底うらやましい。






2013年7月15日月曜日

2013年7月11日木曜日

早起きしてひいた口紅を手で拭い痴漢のおっさんのスラックスを汚してみる朝

2013年7月8日月曜日

寒いときなどはからだの外側がガタガタと震えますが
からだの内側が震えるとなみだが出ます

夏の虫は羽を震わせて鳴いています

2013年7月7日日曜日

だんごむしの感じ

まちがってだんごむしを踏んでしまったら、だんごむしの感じがわかった

2013年7月1日月曜日

エレキギターで人が殺せるのではないかということに、最近になって気が付いて、わたしの部屋には、もう7〜8年前からエレキギターがあるんだけど、そんなことを考えてしまったのははじめてで、自分が恐ろしく、みじめに思えて、涙がでた。

それでも近頃はギターを弾くのがたのしく、そのうち、どうにも人を殺せなさそうな、あたらしいギターを買おうと思ってる。

蚊取り線香

ベランダのどこかに匂いがあって、しかし蚊は網戸のあたりでいっそう生き生きと活力にあふれ、一方わたしはぼんやりとして、この匂いは去年の夏に嗅いだ、あるようでない匂いだなあと考える。

そういえば去年の今頃、わたしはなぜか他所の会社の会議室にこもって蚊取り線香をつくっていた。それがけっこう大変で、たとえば今日のような夏のはじけそうな晴天の日など、あのときさんざん私を悩まされた蚊取り線香の匂いが、自動的に思い出される。

しかし記憶の香り香で蚊がとれるはずがなく、そろそろ新しい蚊取り線香を買わなくてはならない。




2013年6月27日木曜日

ビール

部屋の隅で縮こまって、缶ビールをプシュとあけた瞬間、身体がしゅるしゅると縮小し、300分の1くらいのサイズになって、もうどうしようもなく、仕方がないから缶をよじ登り、一口ものんでいないビールのなかに、そっと飛び込んだ。

2013年6月26日水曜日

うさぎ


夜道にて、

「あなたは神を信じますか」とかそんなようなとりとめのないことを言って、わけのわからない分厚い本を差し出してきた女性がいた。

彼女は30歳くらいで化粧っ気はなく、小麦農家のおばあさんみたいなもったりとした服を着ていて、片手に大きなカゴを持ち、そのなかに生きた白いうさぎを忍ばせていた。

その姿はまるでB級映画のようで、ああ宗教など空想の物語でしかないのだなあとわたしは思い、
彼女の持つゲージをふんだくって、うさぎを青梅街道の中途半端な歩道に放し、勢いよく走り出したうさぎと並走して、自転車で帰路についた。

自宅について息を切らしているうさぎを抱きかかえようとすると、うさぎはするすると消えてしまって、わたしは、得体の知れないものを信じるのなんて向いていないよと、投げやりな気持ちになって、そして、今。


2013年6月25日火曜日

日本人の顔


ある知人によるとわたしの顔は和風の顔であるらしい。和風というカテゴライズはまるでドレッシングかなにかのようだと思ったので、今日は夕飯のサラダにドレッシングの類をかけずに食べてみた。

しかしどんなに顔を近付けて食べてもどこか味気なく、恐らくそれは和風の度合いが足りないからであろうと、ためしに自分が着物を着て日本髪を結っているかのように想像して食べてみたら、サラダが漬物かなにかのように思えた。




2013年6月23日日曜日

頭と身体がいくつあっても足りない。

夢で見たと思っていたことが
よくよく考えてみたら
実は映画の中で起きていたことで、
小説で読んだなと思っていたことは
はるかむかし
実際に経験したことの残り香で、
前にこういう事があったなと思い返したことは
過去にした妄想の内容で、
映画で見たと思っていたことは
だれかからこっそり聞いた話で、

たしかな記憶などそういくつも無く、
好きな人の顔ほどうまく思い出せず、
自分の顔すらうすぼんやりとして
いまいちよく分からず、

わたしは
普通のはたらく大人の女として暮らしたいが、
本当は
小説家にも詩人にもお針子さんにも喫茶店か小料理屋の店主にも雑貨屋さんにもミュージシャンにだってなりたくて
つまりは何者にもなりたくない。

2013年6月17日月曜日

朝方目が醒めてリビングに行くとカーテンの隙間からはいる光だけで明るみが成り立っており真白い扇風機がヌッと立っている。そのことがとても優しくてわたしはまた眠たくなった。

2013年6月12日水曜日

雨ィ


雨が降るとお台場は腐ったように白くなります。
ストッキングが雨に濡れると雨の雨たる冷たさをひしひしと感じてハッとします。
雨のなか傘もささずに自転車で走ると思考がすべてべらんめえ口調で展開されます。
雨にぬれた紫陽花は美しくたとえば自分の顔を取り外して雨にぬれた紫陽花を二三まとめたものと取り替えたくなります。

きょうは梅雨らしくレイニーでした。










2013年6月4日火曜日

まるい背中


体調が回復した途端たくさん歩きたくなって吉祥寺から1時間くらい遠回りして歩いて帰った。

きのうとおととい、部屋になぜかてんとう虫(星2つ)がいて見かけるたび冷やかして遊んでたのだけれど今日帰ってきたらどこにもいなくなってた。てんとう虫にも行くところがあってお休みの日とかもあるみたい。

てんとう虫すきだけど捕まえるとくすぐったいから触れない。あれは背中の丸みが美しかった。








ピー

きのうのやつ画像のサイズや位置をいろいろためしていたらわけがわからなくなって、やけにたくさんカラーバーの画像を載せてしまっていたけれどカラーバーはいろんな色があってかわいいでしょう。

2013年6月3日月曜日

カラーバー


体調がわるいときはきまってたちの悪い夢をみるからいけない。
昨晩、あれは深夜何時頃だったか、やっぱりそういう夢をみて目が覚めた。
気を紛らわせようと思ってテレビを付けたらカラーバーだった。
仕方がないからカーテンを開けてみたらば外もカラーバーだった。
ハッとした、悪い夢のことをわすれた。
はじまりのようなおわりのような感じがする。




















2013年6月1日土曜日

六月

6月になった途端体調がおかしくなった。背中と腰がきりきりとし、この部屋ではしないはずの煙草の香りを何故か微かに感じ取り、もうちょっとしたらギターの弦がひとりでにぽろろろろと鳴るような感じがしている。近所でパトカーのサイレンが鳴っているような気さえするが、こればっかりはどうやら本当に鳴っているみたいだ。

何かあったのかな。








ハルジオン


ハルジオンという花は見た目こそか細くてひ弱そうだが非常にちゃっかりしていて、咲けそうな場所があったら咲きにいくような花だ。

たとえば誰かが家を取り壊して土地を更地にして、3ヶ月そのままにしておいたらその空き地はあっというまにハルジオンだらけになる。いや1ヶ月でなるかも。道路脇のコンクリートとコンクリートの間にはさまった微妙な土部分とかにも余裕で生えるし、どこにでもいきなり生える。

そうしてどこに生えるときだって、急に帰省した地主の娘みたいにしれっとして、細い体をふらふらと風に揺らしながら、元々そこは自分の貸していた土地だよと言わんばかりに根付く。ほんとうにいつも気付いたらいるし、結構背の高い花なので、なかなかびっくりする。とても強くて、おもしろい花だ。

わたしの家の裏も、最近まではそうでもなかったのに、いつの間にかハルジオンだらけになっていた。
わたしはびっくりしてそのことをすぐ母に話したのだけれど、
「ハルジオンてなに?」
とすっとぼけたことを言われてしまった。
あれだけどこにでも咲くような花を母が知らないはずもなく、ムキになって説明したら母はすぐに頷いてくれたが、そのあと得意げに、
「ああ、ビンボウグサね」
となんか悪口みたいなことを言い出した。

貧乏草だなんてそんな気の毒な呼び方は完全にないわと思ってずっと笑っていたら、こんどは母がムキになって「いやその花はほんとうにビンボウグサだ」と言い張る。だんだんちょっとした口論みたいになってきてしまったので、ネットで調べてみると、

【ハルジオンはキク科ムカシヨモギ属の植物。ビンボウグサ、ベンジョグサと呼ばれることもある。】

とのことだった。

母ははじめこそ「ほらね」とでも言うつもりでいたのであろうが、『便所草』という更にひどい別名があることを知るとこれ以上何も言えなさそうな顔をしていた。わたしもとてもしんみり気持ちになった。

たしかわたしが中3くらいのとき、バンプオブチキンが好きで『ハルジオン』という曲をよく聞いていたが、あの歌はとてもいい歌なので、これを読んでくれているハルジオンの方がもしいたら、ぜひ聞いてみてください。


































2013年5月27日月曜日


きのうは東京蚤の市にいきました
わたしはアンティークのボタンと蝶番とかわいい本かいました














へんな人形こわいし全然いらないけど欲しかった  


これ。
高かったし目の前で違うおじさんに買われてしまった。
おじさんに服着せてもらえるといいね。


ディスプレイなどいろいろ勉強になりました たのしかった

















2013年5月26日日曜日

ムカ着火ファイヤー


弟が整髪料を付けすぎるので家中に整髪料のいやな匂いが充満してわたしはその嘘で誘うような甘ったるい匂いがどうにも耐えられず思いきり弟を怒鳴りつけた。
以後、自分の目の前で起こるすべての事象が腹立たしくて腹立たしくて仕方なくなってすべてのことに全部キレた。それはブレーキの壊れたオートバイに沸騰して吹きこぼれている鍋をのせて時速150キロで走るくらいの怒りだった。友達を傘で殴り、友達の恋人を罵倒し、知らないオヤジに蹴る殴るの暴行を加え、親に暴言を吐き、傘で殴り返してきた友達の乗り込んだ電車の窓を割り、傘をぐにゃぐにゃにしてどこかの家に投げ込んだ。それをみた男がわたしを捕まえて「おまえが如何にひどい女か全部明らかにして泣かせてやる」というのでまたメチャメチャに怒鳴ったが男はいちいち「ナンセンス」とか言って女を論破することだけが生き甲斐だぜみたいな顔をするので余計に腹が立って服を全部脱いで空を飛んで逃げた。

ここに書いたのはほんの一部で本当はとてもじゃないけどここに書けないようなことたくさん言ったりやったりしてほんとうに大人げないしひどいと思うけど爽快でもあった。
傘を投げた友人とその恋人には謝っていたしまとめていろいろブチギレたのでしばらくの間つよく優しく穏やかに暮らせそう。




2013年5月22日水曜日

泣きたい気持ち


泣きたい気持ちになることがあるけどそれって本当にどうかしています。
夕日を見ると泣きたくなるというひともいるし妙なものです。あえて泣くことを望むだなんて人間の機能が誤作動を起こしているかのようです。

たとえば顔に水が溜まっちゃって溜まっちゃって排水しないことにはどうしようもない、といった状況に置かれた場合なら涙を流すのはとっても効率的かなあと思いますけれどそんなことは無いし、なんだかんだ言ったところで現実は結局「泣きたいのに泣けない」っていう結末に至ったりするわけだからいよいよわけがわかりません。





茶しばき


高校生のときからわたしはずっとお洒落で都会的なカフェにいくのが好きなんだけど最近はどちらかというとそういうお洒落カフェに入るよりもおじいさんがうなりながら新聞を読んでるようななんか茶色くて古臭い喫茶店に入るのが好きになってきて私もうおじいさんなのかなって心配してたんだけど今日は久々におじいさんモードじゃなくて全てのテーブルで髪の黄色い女の人たちが大きな声で男の人の話をしているような洒落込んだカフェにどうしても入りたくて吉祥寺の東急裏にあるそういうカフェに入って書き物をしていたらテーブルに備え付けられているキャンドル的なやつの火で前髪を燃やしそうになった。

ちなみにわたしの前髪は生まれてこのかたずっと変で伸ばしても変だし切っても変だしなにをどうやっても変でほんとうに悩み。





2013年5月20日月曜日

五月二十日


・坂口安吾が「太宰治は情死したわけではない」と書いていたので嬉しかった。
でもそれを嬉しいと思った自分にちょっと引いた。

・仲間うちでなぜか「お銭湯」とか「おナイフ」とかいった感じに単語の頭に「お」をつけて微妙に丁寧さを出すというばからしいことが流行っているのだけれどさっきニュースをみていたら「天皇陛下 お田植え」という見出しが出てきてそれはぜんぜんばからしくなくてここ数日で一番テンションが上がった。


・友人がみんなして大森靖子さんのアルバムを良いというので聞いてみたらとてもかっこ良かった。ライブなどがあったら見に行きたい。









五月のばらのこと


きょうは昨日までにくらべて涼しかったものの、春ということに変わりはなく、春だから眠たくて、昼間にすこしだけ横になって眠りました。
幾分かすっきりしたような気がしたけれど、昼過ぎに夕飯の買い物に出たら、いまにも雨のふりそうな予感がするくせになぜか日向だらけだし、曖昧な感じが鬱陶しくて、すぐにまたぼんやりとしたくなりました。

きっと五月のこういったモヤリとした空気が、いろいろな物事の輪郭を曖昧にして、大人を憂鬱の淵に追いやるのかもしれないなあと、ため息が出て、そういえばこの間、友達の元気がなくて「どうしたの」ときいた時、友達は「ゴガツビョウだよ」と答え、持っていた紙パックのジュースのストローを遠い目のまま口にしたのだけれど、そのままただストローをくわえているだけで、ちっともジュースを飲んでいなかったことを、ふと、思い出しました。きっとその友達も五月のモヤリにぼんやりさせられていたのだろうと思います。だからほんとうに、五月はこわい。

ただモヤリの五月に、唯一救いがあるとすれば、それはそこいらじゅうの住宅などの垣根におおぶりのバラがばつばつと咲いていることで、何が良いかって、あれだけ大きくて美しいバラであれば、さぞ大きなとげをたくさん持っているんであろうくせに、バラ自身それについてどういうつもりでいるのか、飄々としていてわからないところ。それから、花びらの折り重なりの完璧さ、1つ1つの花の配置のバランス、凛とした趣もだらしない色気も持ち合わせた丁度いい塩梅で頭をもたげているところも、ぜんぶいい。

そういうバラたちの暮らしに道端のところどころで出くわす度、わたしは救われたような、愛おしいような、とても晴れやかな気持ちになります。他所のお宅のバラだけど、挨拶のひとつでもしたいくらい。

こうやってバラのことを思い出すだけで気分が良くなるわけだから、バラは、少なくともわたしにとっては、ゴガツビョウの類いには抜群に効くわけです。一昨年のちょうどいまごろ、家族に悪い病気が見つかったりいろいろで、ほんとうに落ち込んでしまった時期があって、そのときはもう、ほんとうにだめで、自転車でただ道を通っているだけなのに、「もういやだ」とかそういう言葉が、口をついて出てくるほど腐っていたのだけれど、兎にも角にもそれがバラの咲く時期で、わたしはほんとうに助かった。もし、あれが真冬の、枯れ木枯れ草だらけの時期だったら、わたしはもうここにちゃんといたかどうかも分からないんじゃないかと思うし、だからバラが飄々と咲く世界で暮らせて幸せです。生まれ変わったら、わたしもそういうバラになりたい。

いま部屋の窓を開けているのだけれど、こうしてバラのことをかんがえていると、雨のにおいに紛れて、どこからともなくバラの香りがしてくるような感じがします。もういっそ窓をあけたまま寝てみようか、いい声きこえそうか、と思うんだけれど、風邪ひいちゃうからだめか。まあ窓閉めて寝たって、結局部屋が寒かったり、ちゃんと布団かけなかったりしたら風邪ひくと思うし、やっぱり開けたまま寝たって、かまわない気がします。わたしはちゃんと布団をかけて眠るし、窓しめたところで夜があけそうです。














2013年5月17日金曜日

子供用紙エプロン


ひと仕事終えて屋台みたいなとこで1〜2杯ビールをのんで帰ってきてズボンをぬいだら後ろのポケットのところに「子供用紙エプロン」「高円寺発送(終演後処分)」と書かれた仕分け用のテープが張り付いていた。
恐らく私は今日ずっとこの状態で人としゃべったりほっつき歩いたりビールを飲んだりしていたのだろうしどうして誰も教えてくれなかったのだろう。

恥ずかしいので今後は子供用紙エプロンとして生き高円寺に発送され処分されてしまいたいところだけど、以前同じような感じでTシャツの背中に「かつら」と書かれたガムテープがへばりついていたこともあったし、しかもその状態で終電を逃したりして本当に最悪だったけど終電後の街で急に髪をむしり取ったりしなかったから今回もへこたれない。


2013年5月15日水曜日

おじさんについて

振り返ればおじさんに絡まれることの多い人生だが先日一緒に出かけた友人が分析するに「おまえがそのへんのおじさんをいちいち見るから暇を持て余したおじさんが暇つぶしに喋りかけてくるんだ」とのことだった。

なるほどわたしは実はおじさんが好きなのかなあ。


2013年5月14日火曜日

おに公園でのことと、立川の地下通路に描かれていた気味の悪い絵の写真





五月十四日

今日は立川という街を訪れた。

公園があったので寄ったら鬼がいた。赤鬼だった。
なんかテレビで見たことあるぞと思って写真を撮っていたら小汚いおじさんがやって来て
「それは鬼だよ、ここはおに公園だ!」
と言った。
見ればわかるよと思いながらも「へえ〜おに公園ですか」とか適当に言って鬼に描かれた落書きとかを読んでいると、おじさんはすぐそばの花壇に足を投げ出して座ってずっとこちらを見ていた。

おじさんがあまりに得意げな顔をしてこっちを見ているものだから鬱陶しい気持ちになって、なんとかそれを押さえながらさりげなく立ち去ろうとしたのだけれど、おじさんが今度は「節分の日なんかはすごいんだ、この辺が豆だらけになってね、子供達が、鬼は外〜!っつって」とか言ってカタカタ笑い出した。

なんかもう怖いよ、と思って、へえ〜とかはあ〜とか言って受け流そうとしたらおじさんが急に真顔になって「いやあでも、鬼は外、っつってもはじめっからコイツはずっと外にいるのにな…」なんて言い出して不憫そうに鬼を見上げたりしているもんだから、このおっさんこの鬼のなんなんだよと思いながらそれとなくその場を立ち去った。

少し歩いてから振り返ったらおじさんは花壇に横になって寝てた。
花壇にはたくさんの花が咲いていたのでおじさん天国にいるみたいになってたし、鬼はおじさんの事を横目で見下ろしていた。

立川はそういう街だった。











自転車の旅と手を繋いでいる人のこと


五月十三日

いけてる高架下と線路沿いの道を探さなくちゃいけなくて今日は自転車で延々走り続けた。

自宅から近い西武新宿線の上石神井という駅から新宿方面に上井草、井荻、下井草、鷺宮、都立家政、野方、沼袋、新井薬師、中井ときて一度池袋線方面に反れ江古田で別件の用を済ませてから今度は中央線の高架を目指して走った。
道はあまり分からなかったので適当に自転車を走らせていたらまあ中野について、中野から高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻窪、吉祥寺と高架線を辿って帰宅した。

西武新宿線と中央線沿線だけとはいえ、わたしは今日いくつもの町を通り過ぎ、たくさんの人とすれ違ったわけで、その間いろんなことを考えたけれど、いちばん考えてしまったことは「手を繋いで歩く人」が多いなという事だった。

別にこれは手を繋いでるカップルの間を割いて通り過ぎたいとかいうネットとかでよく見る皮肉が湧いたわけではなく、人々が手を繋いで町を歩くことはなんとも平穏で幸せなことだと心から思うのだけれど、ゆっくりしか歩けないじいちゃんばあちゃんペアとか、ばあちゃんと若い兄ちゃんとか、ランドセル少年少女とか、老若男女あらゆるペアが手を繋いで歩いている姿はいちいちドラマがありすぎてそわそわしてしまった。

中でも上井草から井荻にむかう途中に仲睦まじげに手を繋いで歩いている男性同士のカップルがいて、わたしはその片方の男の方と目があってしまい、その瞬間もう片方の男が急に相手の男のお腹をパンチして「女の人のこと見ないで」と言い泣きそうな顔をしたとき、彼らの恋の辛い部分を全て盗み見てしまったような心地がして、やりきれない気持ちになった。

あと、2人ともそれぞれ自転車に乗っているのに手を繋いで並走する高校生カップルがいたが、それはなんか雑技団みたいだなと思った。


明日は立川という町に散策に行くけど手を繋いでる人がたくさんいる平和な町だといい。立川には今のところ、中学高校のときマラソン大会とかいって真冬にわざわざ走りに行った記憶しかないからなんとかしたい。






2013年5月12日日曜日

廃屋

訳あって、廃屋と成り果てている田舎の小屋を訪れた。

雑草にまみれた敷地の奥にひっそりと佇んでいるその小屋は、かつて物置きのようにして使われていた木造の小屋であるらしい。辺り一帯を真空パックにして無理やり時を止めたような独特の不気味さを醸しており、わたしは案内してくれた不動産屋のおじさんが小屋の鍵を開けるのを見つめながら「なんか出そうでやだなあ」と呟いた。

おじさんはしばらく黙って入り口の古い鍵と格闘していたが、やがてガタガタと扉を開け、おどけたような口調で「それがね、何も出んとよ」と言った。
なんでも、なにかそのようなものが住み着いていたらいけない、ということで近所の方の知り合いの霊媒師さん的な人に見てもらったことがあるらしい。
曰く、「こちらには人の霊も動物の霊もなにもいませんからご安心ください」との事だったそうだ。
「なにしろ物置だったけんね、特になにかの念が残ることもなかよ」おじさんはそう言ってガチャガチャと鍵をポケットにしまった。

「そうですか、それは良かった」
わたしはそのように言ったものの、霊すらもいないほんとうの空っぽに入っていくというのは、それはそれで恐ろしいことのような気がした。たとえば真空の瓶をあけると一瞬の間もなく空気が吸い込まれるように、自分が空っぽ中の空っぽの小屋に一瞬の間もなく取り込まれていくようなイメージが脳裏を何十往復も駆け巡った。

しかし心配も束の間、ほんとうの空っぽというのはそう滅多に起こり得ないことであるようで、足を踏み入れるや否やそこにありありと在るホコリの存在に気付かされた。棚も電灯も一部の床すらもない癖に、ホコリだけが有り余る程存分にあったのだ。それから台所の入り口の柱に1992年の6月のカレンダーがあったけれども、この小屋の中ではホコリばっかり威張っているもんだから、カレンダーはどうやら肩身が狭いらしい。力なく傾いて、とても申し訳なさそうにしていた。

さて、ほんの一瞬こそここがほんとうの空っぽでないことに安堵したわたしだったが、威張り散らす大量のホコリも古すぎるカレンダーも結局は忌まわしいものでしかなく、すぐ近くのディスカウントショップで雑巾と軍手とはたきを買ってきてそこをほんとうの空っぽにしてやった。

小屋の掃除を終えてから近くの銭湯に行った。帰りの車の中で、自分の父親が幼い頃先ほどの小屋を秘密部隊の基地に見立てて遊んでいたことを聞いた。父がかつて率いていたものが秘密部隊だっただけに気付かなかったが、あの小屋はあれだけホコリを払っても空っぽにはなり得ないようだった。
ホコリが威張らなくなったあの小屋の中で、父の思い出だけがカラカラと音を立てながら飛び回るのが、自宅に戻った今になって聞こえる。





2013年5月10日金曜日

天井

天井を殺したい。
仰向けに寝転がったままそんなことを考えていてハッとした。

自分の日記帳に「AKBにわたしより年下でわたしより太ってる人いっぱいいるのに」と殴り書きしてあるのを見つけた。

その時わが身に何があったのか思い出そうとしたけど何も思い出せない。
自分のことなのにあまりにも理解に苦しむ。
なにかしら思うことがあったのであろうが忘れたな。

こうやってさ、
いろんな事が日々わたしのまえを通り過ぎていく。
薄い布切れが大量に目の前を吹っ飛んでいくみたいにして至極無感情に通り過ぎていく。

そういうのはあんまり良くないなと思う。
やっぱり天井を殺したい。




この投稿はたぶん明々後日くらいには恥ずかしくなる。
「AKBにわたしより年下でわたしより太ってる人いっぱいいるのに」の時点でまずもう既に少し恥ずかしい。毎日何を言っちゃってるんだろうな。















2013年5月8日水曜日

眠る間


昨晩は笑いたい気分だったのでバスター・キートンのコメディ映画のDVDを借りてきて再生したら一度見たやつだった。なあんだと思ってごろんと横になったらそのまま眠ってしまった。

私がぐっすり眠る間、つけっぱなしの画面の中では白黒の人たちがコミカルな出来事を延々繰り返していたことを思うと虚しいような申し訳ないような気持ちになって目が覚めてから改めて見てこっそり笑っていたらまだ早朝だというのに疲れてしまったけれど白黒の人たちも頑張っているのだから頑張ろうと思った。








2013年5月7日火曜日

五月六日

日記。

五月六日月曜日。



つい去年まで通っていた大学に自転車で行くのに迷子になってしまった。

ただしこれは学校のことを忘れてしまったわけではなくて、通学に使ったことのなかった良さげな道を適当に走っていたからわかんなくなっちゃっただけの話だ。
しかも迷子になることは嫌いではないので別に哀しくも悔しくもなかったし、そもそもわたしは一寸も迷わず学校についたところで、いや家に居たって迷子みたいなものだから別にいいんだ。

でもそうは思っていてもあんまり迷いすぎると疲れる。暑くてすこし休もうと思ったらちょうど目の前に「ガラクタ公園」という雑な名前の公園が現れた。

そこはガラクタとかいうわりに植え込みに沢山花が咲いているようなきれいな公園であった。ただしブランコとか滑り台とかジャングルジムといったきちんとした遊具はどこにもなく、丸や三角にくり抜かれた壁が水平も平行も無しに立っているだけで、あんまりよく意味がわからなかった。
しかもほんとうに微妙なところにしか日陰がなかったので、こんなところで休めるもんかと思ってそのまますぐに立ち去った。

半ばむしゃくしゃしながら一層適当に自転車をこいでいると、余計にわけのわからない入り組んだ住宅街に来てしまった。住んでいても迷いそうだなあと思いながら進んでいると、小道の両側にマネキンやらハンガーにかけた婦人服をならべた怪しげな商店のあるところに差し掛かった。気味悪く通りづらいと思ってブレーキをかけた時、店の奥からワンピースを着たオバさんとおばあさんの間くらいの人が出てきた。後ずさりたい気持ちになったが、自転車でバックすることはなかなか難しいのでこっそりと通り抜けた。ちょっと現実離れにも程がある感じだった。気になるけどもう一度探そうとしたところで二度と辿りつけなさそうだ。

入り組んだ住宅街を抜けると案外あっさり線路沿いのよく知っている道に出たので、一瞬夢でも見ていたのかなというような気持ちになった。無事に大学について用を済ませたあと、卒業生のくせに図書館に行ってずっと漫画を読んでいた。途中で夕立がきてゲロゲロと雷が鳴って雨が降ってサッとやんだ。夕立というのは気楽なものだなあと思う。止んだあとすぐの夕焼けがあんまりケロッとしていたのでそう思った。大学生のときも図書館で本を読んでいるときに同じ窓から夕焼けを見たが、このケロッとした感じは夕立のあとでなければ拝めないような感じがしている。

この日はたぶん生まれて初めて1日に8冊も漫画を読んだ。多いのか少ないのかはよく分からないけど、これは恥じるべき事だとは思う。もっと昔から漫画をたくさん読めば良かった。























2013年5月3日金曜日

人間であるかどうかの確認



これはきのうある友人の指摘を受けて知ったことなのですが、このブログは「人間であるかどうかの確認」を行わないとコメントを送信できない、という奇妙且つ面倒な設定になっているようです。

わたしはこちらで、ただ自分が、何かしら文にしたためて暮らしたいという私的な欲を満たすべく、好き勝手にものを書いているわけであります。そんな、作家先生の真似事のような、至極軽率な、気取った、稚拙で浅はかな雑文を、わざわざ読んで下さる方がいるというだけで、生活がパッと照らされたような心地であるのに、さらにわざわざ読んで反響まで寄せて下さる方に対して「人間であるかの確認」だなんて、そんな失礼な話はありません。


なんだか、こんなんでも読んでくれる人がいるのも含めてありがたいのと、申し訳ないのと、恥ずかしいのとで、戦後間もない頃に何らかのしょうもない罪を犯した人間が獄中で記す手記みたいな文章になってしまっていますが、そもそも、(いや、こんなことを言って良いものか分かりませんが、ここはひとつ正直になるとすると、)自分の書いたものを、誰かしらが読んでくれるという嬉しさは、別にその読んでくれるのが人間じゃなくたって、犬だって猫だって魚だっておばけだってミイラだって、変わらないです。そりゃあ、読んだわけでもなんでもなく、ただ欄があるねということでエッチな宣伝とかをされたら引きますけれど。


なので、もっと読んでくれとか、なんかくださいとかそういうわけではありませんが、人間であるかの確認をするという、奇妙奇天烈な設定は取っ払って、みんな人間ということに今はなっています。



今朝は吉祥寺で楳図かずお先生らしき方をお見かけしました。人間離れしたオーラをお持ちでした。















2013年5月2日木曜日

根暗

昨日、少し前に書いた小説じみたものなどが出てきたので読み返してみたところ、自分が暗くてびっくりした。
あなたは自分が想像している以上に根暗だから覚悟なさい、と自分に警告するような気持ちになった。

高校の頃、わたしはあんまり頻繁に鼻血をだすもんだから部活仲間に「鼻血のはなちゃん」という呼称を与えられたんだけど、それが1週間後くらい経ったら「ネクラのはなちゃん」に変わっていたことがあった。「ネクラ」とだけよぶ男子もいた。

友人たちにそこまで悪意はないようだったので「なんだよそれ」くらいに思っていたが、今考えると友人たちはわたしのことを本当によくわかっていたなあと思う。

今日、友達に「莉恵ちゃんも人に指をさされるくらい派手に化粧をする時期を作った方がいい」と言われた。
恐らくそういうことだろうなと思う。



ギャルにでもなるか。
嫌だね〜



















2013年5月1日水曜日

ものずき

昨日西荻窪の「物豆奇」という喫茶店になんとなく入って席に座ったら目の前に時計が3つもあった。

時計多いなと思ったけれどもとりあえずコーヒーを頼もうと思って振り返ったら後ろにも時計が4つ掛かっていた。

本当に時計多いなと思って店内を見渡すと、店じゅう時計だらけだった。チクチクチクチクそこいらじゅうで鳴ってたまにボーンと鐘もなった。ほとんどの時計はあるだけで時間はめちゃくちゃだったが、たぶん20個くらいあった。

飲食店では時間を気にせずゆっくりくつろいでほしいという配慮から、客によく見える位置には時計を置かない店が多いという話を聞いたことがある。

だから時計だらけのこの店は明らかに業界の標準を覆しているわけだが、あんまり時計がありすぎると時間よりも時計の姿形ばかり気になって、逆に時間を気にすることを忘れた。

時間を忘れて時計を眺めるというのは、今考えると阿保な心地でしかないけれど、これはこれで「飲食店で時間をわすれて過ごす」という点においてきちんと成立しているので、素敵なお店だったと言わざるを得ない。

お会計の時にお店のおじさんに
「時計、多いですね」
といったら、おじさんは
「はい。で、40円のお釣りです。ありがとうございました〜」
と言った。
びっくりしてものすごくいい返事をしながらお釣りを受け取ってしまった。

ちなみに時計だけでなく、ランプもやけにたくさんぶら下がっていた。あとケーキセットが安かった。また行きたい。







ポピイ


これはほんとの話なんだけど、皇居の近くのどっからへんで、緑色の桜が咲くらしい。
緑色の花びらだなんてね、そんなもん、葉っぱだ。

と、街の花壇のポピイたちが皆して話していました。ぺちゃくちゃと何度も頷き合いながら話していました。そしてそこにはイブサンローランの口紅の匂いが漂っていました。




ポピイの中にはモルヒネが採れる品種があるらしくて、
それを知ってからポピイをみているとあるはずもないイブサンローランの口紅の匂いがするような気がしています。わるい女の匂いです。でもわたしはポピイがなかなかすきです。見た目がかわいいからです。

緑色の桜なんてわたしは嫌です。こっそりとしやがって。

2013年4月29日月曜日

日記0424

4月24日

所用で渋谷に。
ついでにポスターハリスギャラリーに寄って、天井桟敷のポスターの展示を見た。
ポスターやチケット、チラシなどの展示ももちろん良かったけれど関連書籍のコーナーに思想社から出てる戯曲集が全巻揃って置いてあって、読んでみたいと思っていた「観客席」という舞台の戯曲を読ませて貰ったのが嬉しかった。

定価で買うのにはちょっとわたしには今は手が出なくて古本屋さんでもほしい巻と巡り会えなかったのでこれほどまでの機会はなかった。
でもよくよく考えたらもしかして大学の図書館とかにはあったのかもしれない。
大学の頃は寺山修司に興味はあったものの、いざ本を数冊読んだら不良くさいのと男くさいのですぐに敬遠してしまっていたから図書館に言っても探しやしなかったけど、無いわけがない気がする。

「観客席」はどこかの劇団に再演をしてもらって是非見たい。
客席が燃える、とか客席にカエルが放される、とか書いてあったけど。



展示を見たあと、ギャラリーのすぐ近くのバーのようなところで関連展示をしていると聞いたので寄った。

こちらには天井桟敷の海外公演のポスターが数枚飾られていた。
店はカウンター席のみで、お客さんはわたしとあとから入ってきたお兄さん2人組だけだった。コーヒーを頼んだらマスターのおじさんが豆をひくところから丁寧にやってくれた。とてもおいしいコーヒーだった。

マスターのおじさんは白い厚手のシャツに履きこなれたジーンズを履いていて、派手でも地味でもない感じのかっこいいおじさんだった。わたしにコーヒーを出し、お兄さんたちにビールを出すと、カウンターの端っこに座ってレコードをかけ、タバコを吸いながら鼻歌を歌った。気楽なもんだなあと思った。コーヒーは200円もまけてくれて300円だった。おじさんは幸せなのだろうなと思った。

店を出たら雨が降っていた。
しんどいなと思ったけれど、美味しいコーヒーをいただいたことだし傘を買って渋谷を歩いた。

帰り際やっと勇気を出してはじめて1人でまんだらけに入って安部慎一の漫画を買った。渋谷にきた最初の目的は、本当はコレだった。漫画なんて殆ど買ったことがないしそういう文化が恐ろしくさえあった。きちんと楽しめたのは高3の時に読んだ松本大洋くらいで、だけれど松本大洋の漫画をもっと読みたいと思って探し回る自分を卑しくて仕方ないようにも思っていた。

だからまんだらけという所は店構えからしてやばい印象を持っていたが、入ってみたら案外女の人がいっぱいいて安心した。しかし安心したのも束の間、その女の人たちはこぞってBLモノなんぞを血眼で漁っていたので、背筋と脇のあたりがゾッとした。

ともあれ、探してもなかなか見つからなかった漫画がパッとみつかり、他にも興味深い本がたくさんあったので、まんだらけはいいところだと思った。

珍しく漫画を買ったこともあり少し不良のような気持ちで渋谷を後にした。でもよくよく考えたら平日の昼間にこうしてぶらっとしているなんて不良の他になんでもないのだから、これからは漫画だってなんだって読もう。少女漫画とかも本当は読みたい。












2013年4月24日水曜日

明日の煙


人が煙草を吸うところがすきだ。
それから、喫煙者に煙草を吸うことについて聞くのもすきだ。
それはどんな味なのか、とか
日に何本吸うのか、とか
はじめて吸ったのはいつか、とか
どうして吸いはじめたのか、とか。

いままで聞いた統計だと、たとえば「どうして吸いはじめたのか」という質問には、「かっこつけたくて」という回答が多い。特に男の人。女の人だと、「昔の恋人の影響で」「ストレスで」という回答が多い。
いずれにせよ人が煙草を吸う理由は、それほど多様ではない。

わたしは煙草を吸わない女だ。
煙草は、いちいち持ち歩くのや買い足すのが面倒臭そう。だから喫煙者になりたいと思ったことはない。
それに、やめたくてもやめられなくなってしまうのが嫌だ。煙草をやめられない状況というのは、いつまでも昔の恋を引きずって、同じ失敗を繰り返すことしかできない状況に似ている。だから、いやだ。そんなふうになりたくない。
そもそもわたしには、煙草など笑っちゃうほど似合わないであろう、あんな格好のつくものは。

だけど、いつかわたしにも煙草を吸う日が訪れるような気がしている。
たとえば5年後、家族と離れて、恋人もないままひとりだったら、わたしは煙草を吸っているだろう。
多くは吸わないであろうが、一日に一本くらい、夜中に部屋で、ひとりで、ろくに服も着ないまま、吸うのだろう。

吸い始める理由は、わたしの場合はなんだろう。大した理由はないんだろうけど。そもそも吸うかもわからない。これはあくまで予想の話であって。
なんとなくね、煙草の煙がくゆって、ぼんやりと広がっていくみたいにして、そんなふうに予想できたという、ただそれだけの話。

おやすみなさい。










2013年4月21日日曜日

理想郷


とある文献で、「ユートピアと桃源郷は同じ理想郷でも全く性質の異なるものだ」という記述を見かけた。
なんでもユートピアは社会主義的なルールをもって築きあげた理想的な国家のことで、つまりは、人々がすごく頑張って作れば、夢や幻なんかじゃないところのことだそうだ。
対する桃源郷は、どんなに頑張っても到底たどり着くことのない、つまりはうつくしいおとぎ話のような、夢か幻の存在なんだという。

そうなってくると、桃源郷が気になる。どんなところなんだろうなあと思って、調べてみると、桃源郷について書かれた『桃花源記』というお話が、青空文庫に転がっていた。

開いてみると、だいたい想像はしていたが、漢文。横に書き下し文もついてたけど、旧字仮名遣いで、なんとも読みにくい。受験生かよと思いながらも、読めば理想郷に行けるような気がして、昔の教科書を引っぱり出し、無理矢理読む。

ざっくりとした読みだが、だいたいのストーリーはこうだ。

むかしむかし、漁師の人が船にのっていたら、途中でなんだかわけのわからないところに来てしまった。漁師が途方に暮れていると、船は見知らぬ岸にたどり着く。とりあえず岸だと思って、漁師はそこに船をとめて上がってみると、そこには人が通れるくらいの丸い穴がぽっかり空いた門が構えてある。丸い穴をくぐると、中では仙人が行き交い、田畑は潤い、桃の花が、とってもきれいに咲いている…!
漁師はそこで仙人の家に招かれ、ねんごろな世話を受ける。ほんとうに、なんの文句のつけようも無い、すばらしい場所で、みんないい人だし、彼らの暮らしも、うまく行っているようにしか見えない。

漁師は桃源郷でしばらく過ごしたが、やがて帰ることに決めた。船のもとに戻る漁師を、仙人たちは見送り、あまり外でここでのことを言わないでほしい、と言ってお別れをした。しかし、元の暮らしに戻った漁師は耐えきれずに、国のお偉いさんなんかに桃源郷のことを話してしまう。そうして桃源郷を目指すものが現れ、かなり大規模な調査が行われようとしたが、まあ見つからない。どうやっても全然見つかりませんでした。あれは幻だったのかもしれないな、というお話。


わたしは、ざっくりとではあるが一読して、あれ?と思った。
あれ、というのは、その、『桃花源記』に記された「立派な門に丸い穴が空いていて、そこをくぐると、桃の花が咲いていて」という部分、その場所に、完全に見覚えがあるということだ。あとから偉い人たちがどれだけ探しても見つからなかった夢幻の桃源郷に、わたし行ったことがある。

ちょっと頭おかしいのかな、わたし、と考える。それか、夢でも見た記憶だろうか。
でも行った事がある。絶対ある。小さい頃。ただ、あたりは海や川ではなかった気がするんだけど。芝生だった。たしか。

そう、芝生だった。芝生だったことを思い出したとたん、桃源郷の記憶が、するするとめぐった。芝生の広場のある、隣町の公園。その、芝生の向こう側の、奇妙なお城。見たんだ。確かに。しかもそこで結構遊んだ。


そんなわけで、自らの頭の正常さを確かめるために、先日、その公園を訪ねてみた。
10年以上ぶりで場所を思い出せず、自転車でぐるぐると隣町を徘徊した末、ようやくたどり着いたその公園はとても平穏で、風が新緑をくぐり抜け、若い芝生がすらりと生えている。小さい頃はかなり広く感じていたのだけれど、それほどだだっ広くなく、入り口で自転車を降りてすぐにまあるい公園の全景をざっと見渡すことが出来た。

そして、肝心の桃源郷。
それは確かに芝生の向こう側に見えた。案外身近な理想郷。ああ、頭おかしくなかった、と安心する。
たしかに丸い門。傍らに『桃花源』の文字。そしてちょうど、きれいに桃が咲いていた。
桃の花というのは、想像していたよりも凛々しく、力強くってきれいだった。4月下旬くらいまで咲くものらしく、梅桜桃の類のシーズンはもう終わったと思い込んでいた私には、それだけで夢夢しく、おとぎの国にきたなあ、という気分になった。


ただ、さすがに仙人はいなかった。代わりにちびっ子ギャングが数人大暴れしていた。残念ながら桃源郷は、若い彼らに侵略されている。

塀の奇怪な落書きと、塀の上に登ってジャンケンをする彼らの姿を見て、私もかつてここで散々ごっこ遊びやら追いかけっこをしたことを思い出した。彼らと同じように侵略者だった少女の頃のわたしは、桃の木をよじ上って塀に登ることができただけで、すごくかっこいい存在になれた気がしていた。あの頃はもう戻らず、もうあんな大暴れするポテンシャルはないし、あのとき一緒にあそんでいた子たちとも会わなくなってしまった。こうして同じ場所を訪れるのでも、今は自分の頭がおかしくないかどうか、記憶をたぐりにきただけ。終わったなあと思う。

戻れないあの日を想いしみじみしていると、塀の上にいたちびっこギャングのうちの1人が、仲間のじゃんけんの不正を訴え大声で叫びはじめた。彼らにとっても、いずれこの芝生の果てが戻りたくても戻れない桃源郷になるのだろうなあと思う。仲良くしろよと呟いて、わたしは桃源郷を去った。

夏あたり、あの芝生の公園で、桃源郷をながめながら、ピクニックがしたい。大人なので、夜のピクニックでもいいな。